偏った知識・情報の怖さ(その2)

前回は、「情報や知識が偏っている」というお話をさせていただきました。

「別に偏っていてもいいじゃん!」という声が聞こえてきそうですが、今回は、偏ることの弊害についてお話ししようと思います。
視野が狭くなる、他者を慮(おもんぱか)ることが難しくなる、などいろいろな弊害が考えられますが、個人的に一番問題なのは、互いが自己の正当性を主張し、相手を攻撃する傾向が強まることではないかと考えています。

例えば、SDGsに関連してよく目にする、以下の動画をご覧ください。

安いTシャツを買おうとした人が、そのTシャツが作られている様子を知ると、買わずに寄付するという行動を起こすように、情報を得ることで意思決定や行動が変化することが描かれています。
動画の最後にある通り、人は知ることではじめて、相手を慮れるのです。

他の例として、誰かが他人を突き飛ばしている様子を見れば「なんてひどい人」と感じるかもしれませんが、突き飛ばした理由がその人を助けるためだったと知れば「なんてえらい人」というように評価や解釈が180度変わってしまうこともあります。

そして、このように異なった情報を持ち、解釈や評価が異なる人々が、互いに正当性を主張していくと、どうなるでしょうか。

言われた相手は自分の解釈と異なるため、相手の主張を受け入れることができずに反発するのではないでしょうか。
そして、自分を守るために自身の正当性を主張して相手を攻撃する。
しかも、もしその情報が、誰かが意図的に偏らせたものだとしたら目も当てられません。

これではなんだか、明るくない未来が来そうですね。

(次回に続く)

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